決算書が出るころには、その1年はもう終わっています。手を打てるのは、月の数字を見ているときだけです。このシリーズで何度も「月次試算表」が出てきたのは、そのためです。年に1回の決算書が「健康診断」なら、毎月の試算表は「毎日の体温」にあたります。
今回は、試算表を経営に使うための条件を3つに絞ります。締めが早いこと、発生主義で作られていること、見る数字が決まっていること。この3つがそろって初めて、試算表は「会計事務所に出す書類」から「経営の道具」に変わります。
1. 締めは翌月10日 ― 遅い試算表は、過去の記録にすぎない
試算表の価値は、鮮度で決まります。4月の数字を5月の中旬に見れば、5月の受注や支払いの判断に使えます。7月に見ても、もう何もできません。目安は、月末を締めて、翌月10日までに試算表ができていること。遅くとも15日です。協力業者の請求書が10日ごろに届く会社は、届いていない分を見積額で入れて先に締め、請求書が来たら直します。
▲ 試算表の鮮度を示した図。4月末に締めて5月10日に試算表ができれば、5月の判断に使える。7月にできた4月の試算表は、過去の記録でしかない。
締めが遅れる原因は、多くの場合「資料が集まらない」ことです。請求書の控え、領収書、通帳のコピーが月末に会計事務所へ届かない。いまはクラウド会計で通帳やカードの明細が自動で取り込めるので、資料を集める手間は減らせます。そのうえで欠かせないのが、「毎月◯日までに締める」と決めて守ることです。会計事務所に記帳を任せている会社も、締めの期限は社長が決めてください。
2. 発生主義で作る ― 入金ベースの試算表では、利益が読めない
第1回で見たとおり、売上は「工事が完成して引き渡した月」、費用は「使った月」に計上するのが発生主義です。請求や入金の時期では決まりません。ところが、期の途中では「入金した月に売上、支払った月に費用」で記帳している会社が少なくありません(現金主義)。これでは、月ごとの利益がまったく読めなくなります。
▲ 現金主義と発生主義の月次粗利率の比較を示した図。発生主義では4月・5月・6月とも40%で安定しているのに、現金主義では入金と支払いの時期に左右されて25%・52%・35%と大きく揺れる。
サンプル工務店の4〜6月を、2つの方法で並べました。発生主義なら粗利率は毎月40%で、「商売の力は変わっていない」と読めます。現金主義では、大口の入金が5月にずれただけで、4月は25%、5月は52%。これでは、粗利率が本当に下がったのか、入金がずれただけなのかが分かりません。月次で判断するなら、発生主義は欠かせません。工事業なら、工事が完成・引き渡した月に、その工事の売上と原価(材料費・外注費)をそろえて計上します。月をまたぐ工事の原価は、完成するまで未成工事支出金に置きます(第7回・第12回)。
3. 毎月見る数字は3つで足りる
試算表には何十もの科目が並びますが、毎月すべてを見る必要はありません。経営者が見るのは3つです。
▲ 毎月見る3つの数字を示した図。粗利率40%(累計40%、前年同月41%)、固定費221万円(予算217万円に対し+4万円)、現預金953万円(固定費の4.4か月分)。前月・前年・目安と比べてどう動いたかを見る。
① 粗利率(第5回)。商売の力。当月だけでなく、期首からの累計と前年同月を並べます。工事業は月の波が大きいので、累計で見ると安定して読めます。② 固定費。予算(去年の実績から決めた月の金額)と比べて、増えていないか。増えていれば、何の科目が増えたかを1つ下の階層まで見ます。③ 現預金残高(第6回)。月末の残高が、固定費の何か月分か。この3つで、「稼ぐ力」「使う力」「体力」が毎月押さえられます。
4. 試算表は「読む」より「問う」
3つの数字が動いたとき、大事なのは「なぜ動いたか」を自分の言葉で言えることです。数字は結果で、原因は現場にあります。社長にしか分からないことが多いのです。
- 粗利率が下がった → 材料の値上がりか、外注の割合が増えたか、安い単価で受けた工事があるか、特定の現場で手戻りがあったか。
- 固定費が増えた → 人を増やしたか、残業が増えたか、車両の修理か、一時的なものか毎月続くものか。
- 現預金が減った → 売掛金の回収が遅れたか、大きな支払いがあったか、納税か、売上そのものが落ちたか(第1回の5つの理由)。
この「問い」を毎月繰り返すと、数字と現場がつながってきます。第9回で見たとおり、銀行が評価するのも「自分の言葉で数字を説明できる社長」です。会計事務所との月次の打ち合わせは、数字の報告を聞く場ではなく、この問いに一緒に答える場にしてください。
5. 試算表を経営に使う体制のつくり方
最後に、ここまでの話を回すための体制です。難しいことはありません。
- 締めの期限を決める。 「翌月10日」と決め、請求書の発行と資料の提出をその前に終える。クラウド会計なら通帳・カード・請求が自動で入るので、手作業は減る。
- 発生主義で記帳する。 完成・引き渡した月に、その工事の売上と原価。月末に完成していて未請求の工事があれば、その分も売上に計上する。
- 見る数字を3つに決める。 粗利率・固定費・現預金。1枚の紙かひとつの画面に、当月・累計・前年・目安を並べる。
- 月に一度、30分だけ時間を取る。 3つの数字と、第6回の資金繰り表を見て、「なぜ動いたか」「来月どうするか」を決める。
年に1回、決算書を見て驚くのではなく、毎月30分で小さな異変に気づいて手を打つ。経営の数字の使い方は、突き詰めるとこれだけです。
まとめ:第10回のポイント
- 決算書は年に1回、試算表は毎月。手を打てるのは月の数字を見ているときだけ。
- 締めは翌月10日まで。遅い試算表は過去の記録にすぎない。締めの期限は社長が決める。
- 発生主義で作る。入金ベースだと粗利率が入金の時期で揺れて、実力が読めない。
- 毎月見るのは粗利率・固定費・現預金の3つ。当月・累計・前年・目安と比べる。
- 数字が動いたら「なぜ」を自分の言葉で言う。会計事務所との打ち合わせは、その問いに答える場にする。
次回は、固定費の中でいちばん大きい「人件費」の見方です。給与をいくらまで払えるのか、賃上げの原資はどこにあるのか。労働分配率と一人当たり粗利で考えます。
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※本記事は、一般的な情報を分かりやすくまとめたものであり、個別の会計・税務相談に応じるものではありません。計算例の金額は説明のための想定です。月次の締め方や記帳の方法は会社の状況により異なりますので、実際の判断にあたっては専門家にご相談ください。