「売上が増えたのに、お金が足りない」。第1回で触れたこの現象の正体が、今回のテーマ「運転資金」です。忙しくなるほど苦しくなる、という逆説は、商売の仕組みそのものから生まれます。仕組みが分かれば、必要な金額を前もって計算し、備えることができます。
1. 運転資金とは「先に出ていくお金」
工事業の1件の仕事を、お金の流れで追ってみます。まず材料を仕入れ、協力業者に仕事を頼みます。工事をして、終わったら請求書を出し、1〜2か月後に入金されます。ところが、材料費や外注費の支払いは、入金より先に来ます。この「支払ってから、入金されるまで」の期間を立て替えるお金が、運転資金です。
▲ 1件の工事のお金の流れを示した図。材料費・外注費の支払いが先に来て、工事が終わって請求し、入金は請求の1〜2か月後。その間、会社がお金を立て替える。これが運転資金で、仕事が増えるほど同時に立て替える件数が増える。
1件なら大きな金額ではありません。しかし会社は常に何件もの仕事を同時に回しています。10件を同時に立て替えれば、運転資金は10件分。仕事が増えるほど、立て替えの総額も増える。これが「売上が増えたのにお金が足りない」の正体です。
2. 必要運転資金は、貸借対照表の3つの数字から出る
いまの会社に必要な運転資金は、第4回で見た貸借対照表の3つの科目で計算できます。売掛金 + 在庫(工事業なら未成工事支出金)− 買掛金。売掛金と在庫は「立て替えている側」、買掛金は「逆に待ってもらっている側」なので差し引きます。着手金・中間金を先に受け取っていれば(未成工事受入金)、それも買掛金と同じ側で差し引きます。
▲ 必要運転資金の計算を示した図。売掛金1,200万円に未成工事支出金300万円を足し、買掛金600万円を引いて900万円。年商8,000万円のサンプル工務店が、常に立て替えているお金。
サンプル工務店なら、1,200+300−600=900万円。この会社は、いつの時点を切り取っても、900万円前後を立て替えながら商売をしている、ということです。第6回で見た現預金900万円とは別に、これと同じ規模の900万円が、売掛金と未成工事支出金の形で寝ています。会社のお金は、現預金として見えている分だけではない、と考えてください。
3. 日数で見ると、どこを縮めればよいかが分かる
金額を「日数」に直すと、原因が見えます。売掛金1,200万円は、年商8,000万円に対して約55日分(1,200÷8,000×365)。つまり、請求してから入金まで平均55日かかっています。未成工事支出金300万円は、年間の原価4,800万円に対して約23日分。買掛金600万円は、原価に対して約46日分。支払いまでは平均46日の猶予があります。
差し引きすると、55+23−46=約32日。お金が「寝ている」期間はおよそ1か月。金額にすると、前の節で見た900万円です。回収が10日遅くなれば、必要運転資金は約220万円増えます。逆に、入金を10日早められれば(請求を早く出す、締め日に確実に間に合わせる、入金までの条件を短くする)、約220万円の現金が手元に戻ります。
4. 売上が増えると、必要運転資金も増える
ここが、今回いちばん大事なところです。運転資金は、売上に比例して増えます。サンプル工務店の売上が1.5倍の1億2,000万円になったとき、回収や支払いの条件が同じなら、必要運転資金も1.5倍の1,350万円になります。あと450万円の現金を、売上が増える前に用意しておく必要があるということです。
▲ 売上と必要運転資金の関係を示した図。売上8,000万円で900万円、1億2,000万円で1,350万円(450万円増)、1億6,000万円で1,800万円(900万円増)。増えた分は利益が出る前に出ていく。
この「増えた分」を増加運転資金といいます。注意が必要なのは、増加運転資金は利益が出るより先に出ていくことです。大きな仕事を受注すると、材料と外注の支払いが先に来て、入金は数か月後。その間の立て替えが、手元の現金を一気に削ります。「大型受注の直後に資金繰りが詰まる」という話は、ほぼすべてこの形です。受注を増やす前に、増加運転資金をどう用意するかを決めておく必要があります。
5. 運転資金を減らす3つの手と、借りて賄う考え方
必要運転資金は、3つの要素でできているので、手も3つです。
手1:回収を早くする。 最も効果が大きい手です。工事が終わったら、その日のうちに請求書を出す。月末締めを待たない。大きな工事は、着手金・中間金を契約に入れる。回収サイト(請求を締めてから入金までの期間)が長い取引先とは、条件を交渉する。入金が10日早まるだけで、約220万円が手元に戻るのは、前の節で見たとおりです。
手2:支払いを早めすぎない。 取引先との信頼のために早く払う意図は理解できますが、約束の支払日より前に払う必要はありません。約束どおりに払う。これだけで、買掛金の分の運転資金は守られます。
手3:在庫と未成工事を滞留させない。 使う予定のない材料を抱えない。終わった工事は、すぐに完成として売上に計上し、請求する。未成工事支出金に古い工事が残っていないかを、月に一度確かめる。
それでも足りない分は、借りて賄います。運転資金の借入は、第2回で見た設備の借入とは性格が違います。売掛金が入金されれば返せるお金なので、短期の借入や当座貸越(決めた枠の中で自由に借りて返せる契約)が向いています。実務では、小規模な会社の運転資金は長期の証書貸付で借りることも多く、その場合も返済の元が売掛金の入金であることは同じです。銀行も、必要運転資金(売掛金+在庫−買掛金)の範囲内の借入であれば、「商売が回っている証拠」として前向きに見ます。固定費の赤字を借入で埋めるのとは、まったく違う健全な借入です。この区別は、次回の第8回で扱います。
まとめ:第7回のポイント
- 運転資金とは、支払ってから入金されるまでの立て替え。仕事が増えるほど立て替えの総額が増える。
- 必要運転資金 = 売掛金 + 在庫(未成工事支出金)− 買掛金。サンプル工務店は1,200+300−600=900万円。
- 日数に直すと原因が見える。回収55日+在庫23日−支払46日=約32日。回収が10日遅れると約220万円が余計に要る。
- 売上が1.5倍になれば必要運転資金も1.5倍。増えた分(増加運転資金)は利益より先に出ていく。受注を増やす前に用意する。
- 減らす手は3つ。回収を早く(即日請求・着手金・中間金)、支払いを早めすぎない、在庫と未成工事を滞留させない。
- 足りない分は短期借入や当座貸越で賄う。運転資金の借入は、商売が回っている証拠であり健全。
次回は、借入そのものの話です。「借入は悪」ではありません。返済原資と債務償還年数、借りるタイミング、金利が上がり始めた今の環境で気をつけること。経営者が持っておくべき借入の考え方をまとめます。
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※本記事は、一般的な情報を分かりやすくまとめたものであり、個別の会計・税務相談に応じるものではありません。計算例の金額は説明のための想定です。運転資金の計算や借入の条件は会社の状況により異なりますので、実際の判断にあたっては専門家にご相談ください。