「今月はいくら売れば、赤字にならないのか」。この問いに即答できる経営者は、意外に多くありません。決算書を読めるようになったら、次は数字を使う段階です。今回は、その最初の道具である「損益分岐点」を、サンプル工務店の数字で組み立てます。
計算そのものは、割り算一回です。難しいのは計算ではなく、「費用を2つに分ける」という最初の一歩。ここさえ済めば、「いくら売れば足りるか」「粗利率が下がったらどうなるか」「人を一人増やしたら売上はいくら必要か」が、すべて同じ式で答えられます。
1. 費用を「売上に比例する費用」と「しない費用」に分ける
会社の費用は、2種類に分けられます。売上が増えれば一緒に増える費用(変動費)と、売上がゼロでもかかる費用(固定費)です。工事業なら、材料費と外注費は工事の量に比例するので変動費。社員の給与、事務所の家賃、車両の減価償却費、保険料は、工事が少ない月でも同じだけかかるので固定費です。
▲ サンプル工務店の費用の仕分けを示した図。変動費(材料費・外注費・現場の消耗品など)は4,800万円で売上の60%。固定費(給与・家賃・車両費・減価償却費・保険など)は2,600万円。
完璧に分ける必要はありません。迷う費用(水道光熱費など)は固定費に入れて構いません。大事なのは、「売上が1万円増えたら、いくら費用が増えるか」が分かることです。サンプル工務店なら、売上の60%が変動費。1万円売ると、6,000円が材料と外注に消えます。
2. 限界利益率 ― 1万円売ると、いくら手元に残るか
売上から変動費を引いた残りを限界利益といいます。サンプル工務店なら、8,000万円−4,800万円=3,200万円。売上に対する割合(限界利益率)は40%です。第3回で見た粗利・粗利率と、ほぼ同じものと考えてください。ただし工事業の決算書では、現場で働く社員の給与(労務費)が完成工事原価に入るため、決算書の粗利率は限界利益率より低く出ることがあります。サンプル工務店は社員の給与をすべて固定費に置いているので、両者は一致します。
この40%という数字の意味は、「1万円売ると、4,000円が固定費の支払いと利益に回る」ということです。固定費は年2,600万円。つまり、4,000円ずつ積み上げて2,600万円に届いた瞬間が、損益分岐点です。
3. 損益分岐点 ― 固定費を限界利益率で割るだけ
損益分岐点売上高は、固定費 ÷ 限界利益率で求まります。サンプル工務店なら、2,600万円÷40%=6,500万円。年に6,500万円売れば、利益はちょうどゼロ。それを超えた分の40%が利益になります。
▲ 損益分岐点のグラフ。売上線と、固定費2,600万円に変動費(売上の60%)を足した費用線が、売上6,500万円で交わる。そこより左は赤字、右は黒字。サンプル工務店の売上8,000万円では、費用7,400万円との差600万円が利益になる。
サンプル工務店の売上は8,000万円ですから、損益分岐点より1,500万円上にいます。売上が1,500万円(約19%)落ちても赤字にはならない、という余裕です。この余裕の幅を「安全余裕率」といい、20%前後あれば十分、10%を切ると少しの受注減で赤字に転じる危険な状態です。
4. 「必要売上高」 ― 目標の利益から逆算する
利益ゼロの売上が分かれば、「利益をいくら出したいか」から必要な売上も逆算できます。式は、(固定費 + 目標利益)÷ 限界利益率。たとえば営業利益800万円を目標にするなら、(2,600+800)÷40%=8,500万円。いまより500万円多く売る必要があります。
目標利益の決め方は、「欲しい金額」ではなく「必要な金額」から考えます。第2回で見たとおり、借入の返済は税引後利益と減価償却費から出します。年間の返済360万円を確実に払い、さらに設備投資や手元資金の積み増しに備えるには、税引後でいくら残す必要があるか。そこから逆算した利益が、守るべき目標です。この逆算は第8回でもう一度扱います。
5. 粗利率が下がる・固定費が増えると、必要な売上はこう変わる
損益分岐点の式が手元にあると、「もし〜だったら」が数字で答えられます。経営者がよく直面する2つの場面で試します。
▲ 損益分岐点の変化を示した図。いまは6,500万円。粗利率が40%から35%に下がると、2,600÷35%で約7,430万円になり、930万円多く売らなければ赤字。固定費が200万円増えると、2,800÷40%で7,000万円になり、500万円多く売る必要がある。
場面1:材料の値上がりで、粗利率が40%から35%に下がった。 損益分岐点は2,600÷35%=約7,430万円。いまの売上8,000万円との差は570万円しかなく、安全余裕率は約7%まで落ちます。粗利率5ポイントの低下は、それだけで会社を赤字の縁まで運びます。値上がり分を見積もりに反映できているかを、真っ先に確かめる理由がここにあります。
場面2:パート社員を一人増やして、固定費が年200万円増えた。 損益分岐点は2,800÷40%=7,000万円。あと500万円の売上が必要です。言い換えると、人件費を年200万円増やすには、その2.5倍(1÷40%)の年500万円の売上増が必要。正社員なら社会保険料などを含めて年500万円ほどかかることも多く、その場合は1,250万円の売上増が要る計算です(第11回でくわしく扱います)。採用を決めるときは、「この人が人件費の2.5倍の売上を生むか」で考えます。
6. 月次で使う ― 月の損益分岐点を知っておく
年の損益分岐点を12で割れば、月の損益分岐点になります。サンプル工務店なら、固定費は月に約217万円、損益分岐点は月に約542万円。毎月の売上がこの線を超えているかを、試算表が出るたびに確かめる。これだけで、「今月は大丈夫か」が即答できるようになります。
工事業は月ごとの売上の波が大きいので、1か月の結果で一喜一憂する必要はありません。3か月の合計で月の損益分岐点の3倍(約1,625万円)を超えているか、という見方をすると、波に惑わされずに済みます。
まとめ:第5回のポイント
- 費用を変動費(売上に比例:材料費・外注費)と固定費(売上に関係なくかかる:給与・家賃・減価償却費)に分ける。完璧でなくてよい。
- 売上−変動費=限界利益。限界利益率40%なら、1万円売ると4,000円が固定費と利益に回る。
- 損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率。サンプル工務店は2,600÷40%=6,500万円。売上8,000万円との差が安全余裕(約19%)。
- 目標利益を乗せた必要売上高 =(固定費+目標利益)÷ 限界利益率。目標利益は返済・投資・納税に必要な額から逆算する。
- 粗利率が5ポイント下がると損益分岐点は930万円上がる。固定費が200万円増えると500万円上がる。採用は「人件費の2.5倍の売上を生むか」で考える。
- 月の損益分岐点(約542万円)を知り、毎月の試算表で超えているかを確かめる。波が大きい業種は3か月合計で見る。
次回は、手元のお金の話です。現預金はいくらあれば安心なのか。「固定費の何か月分」という目安と、資金繰り表の作り方を扱います。
- 前回:【経営者のための会計講座④】貸借対照表は「お金の集め方と使い道」|自己資本比率・債務超過・役員貸付金
- 次回:【経営者のための会計講座⑥】現預金は「固定費の何か月分」で見る|手元資金の目安と資金繰り表
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※本記事は、一般的な情報を分かりやすくまとめたものであり、個別の会計・税務相談に応じるものではありません。計算例の金額は説明のための想定です。変動費と固定費の分け方や目安の率は業種や会社の状況により異なりますので、実際の判断にあたっては専門家にご相談ください。